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コトパンジャン・ダムは「援助」とは何かを問う

■ 日本とインドネシアの連帯で健全な市民社会を築くために
                        新潟大学法学部教授 鷲見(すみ)一夫
 
 インドネシア・スマトラ島のコトパンジャン・ダムは、日本のコンサルタント会社東電設計鰍ェでっち上げ、これをスハルト政権に売り込み、その結果「政府開発援助」(ODA)が投入されて建設された高さ58メートル、長さ257.5メートルのダムです。この程度の中規模のダムに対して、エンジニアリング・サービスで11億5200万円、建設費で300億2500万円ー第一期工事で125億円、第二期工事で175億2500万円−もの巨額の円借款が供与されました。

 しかし、その結果は、惨憺たる状況です。乾季には貯水量不足のために予定された114メガワットの発電ができず、雨季には貯水量があっても電力需要が無いのです。大量電力の消費先として予定されたスハルト・ファミリーのパーム油、ゴムなどの加工業が頓挫してしまったからです。そのため、このダムは、文字通り、「白象プロジェクト」(white−elephant project)つまり「無用の長物」となってしまっています。

 このダムは、スハルト「腐敗」援助の典型です。ここには、KKN−Korupsi(汚職)、Kolusi(癒着)、Nepotisme(縁故主義)−のすべてが揃っています。このダム建設を食い物にしたのは、スハルト・ファミリーだけではありません。スハルトの取り巻きの政府官僚もまた、[援助]資金に群がったのです。このダム建設は、「ムンプンイズム」(mumpungism)、つまり政府官僚としての在任中に地位利用によって役得を貪る格好の機会となったのです。とりわけこのダム建設で懐を温めたのは、その当時、鉱業・エネルギー相の地位にあったギナンジャール・カルタサスミタ(Ginandjar Karutasasmita)、リアウ州知事の地位にあったスエリプト(Soeripto)です。また、その当時、カンパル県長の地位にあったサレー・ジャシット(Saleh Djasid)は、住民移転費を着服して、巨万の富を築き、幾つもの農園を有しています。 彼は、現在、リアウ州知事に出世し、立ち退き住民の補償要求をことごとくはねつけています。

 インドネシア国営電力公社(PLN)の資料によれば、コトパンジャン・プロジェクトの総事業費は366億5600万円で、このうち外貨部分が215億300万円、内貨部分が1894億700万ルピアであると記載されています。とすると、300億2500万円と215億300万円との差額85億2200万円は、一体どこに消えたのでしょうか。

 PLN資料ではまた、東電設計などのコンサルタント企業が受け取った金額が、30億1800万円であったと記されています。この金額は、付け替え道路・橋梁建設費(29億8200万円)よりも多く、また土地取得・補償費(19億1800万円)よりも遥かに多いのです。2万3千人もの住民を立ち退かせながら、それらの住民への立ち退き補償費よりも、コンサルタント経費の方が圧倒的に多いというのは、余りにも異常です。

 このように、コトパンジャン・ダムの問題は、「援助」が、はたして誰のために行われているのかを考える上での重要なテストケースです。言葉を換えて言えば、この問題は、私達日本人の公金(税金)が、はたして適正に使われているのかどうかを検証する上での重要な事例です。

 他方において、インドネシアの人々にとっては、独裁・腐敗政権が作り出した不必要な債務を、はたして返済する必要があるのかどうかという問題です。特にこのダム建設によって立ち退かされた住民にとっては、約束された補償金や生活再建手段もホゴにされたのですから、まさに生死の問題です。現地住民には、スハルト「腐敗」ダムを撤去して、原状回復を求める権利があるのではないでしょうか。

 コトパンジャン・ダムの問題は、「開発」とは何か、「援助」とは何か、「債務」とは何か、を考える上での重要な素材を提供しています。また、この問題は、「政府」とは何か、「公僕」(civil servant)とは何か、を論ずる上での興味深い素材でもあります。その意味で、コトパンジャン・ダムの被害者に対して支援の手を差し延べることは、単に欺瞞的「援助」の後始末という意味合いだけでなく、私達日本人とインドネシアの人々が、お互いに連帯して、健全な市民社会を築き上げていくための重要なワンステップでもあるのではないかと考えます。
 
 (2002年3月)


コトパンジャン・ダム
被害者住民を支援する会

〒162-0815
東京都新宿区筑土八幡町2-21-301
TEL/FAX 050-3682-0769
(IP電話に変更しました)

www.kotopan.jp,  info@kotopan.jp

 

ボランティアスタッフ募集中です。お気軽にご連絡ください。


Last Update : 2014/1/18
Since     : 2002/8/3 
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日本で初めてのODAを問う裁判

日本のODA(政府開発援助)によるコトパンジャン・ダム建設で、インドネシア・スマトラ島では23,000人がふるさとを強制的に奪われました。5,396人の現地住民が原状復帰と補償を求め、日本政府・JICA(国際協力機構)・東電設計(=東京電力グループ)を被告として、裁判中です。
 日本政府はODAの基本理念を「開かれた国益の増進」としています。「援助」とは名ばかりです。「国益」=グローバル大企業の利益のために、地元住民を犠牲にした「海外版ムダな公共事業」を行い、さらには原発までODAを利用して輸出しようとしているのです。
 「国益」のための「援助」、住民泣かせの「援助」はやめさせましょう。ぜひ、裁判にご支援お願いします。



(ダムの呼称について)

 インドネシア・スマトラ島の住民・自治体・マスコミは『コトパンジャン(Kotopanjang)』と言います。 
 一方、日本政府・インドネシア政府は本件ダムを『コタパンジャン(Kotapanjang)』としています。
 Kotoは地元ミナンカバウ語、Kotaはジャワ語でいずれも「町」を意味します。現地の言葉・文化を尊重する立場から、私達は『コトパンジャン・ダム』としています。