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東京高裁・控訴審 第1回〜第3回口頭弁論の経過
控訴審(
経過


 控訴後2年半の間に、訴訟救助の決定や、477ページに及ぶ控訴理由書をはじめとする新たな書証の提出が行われ、第1回口頭弁論が開催されたのは今年の3/2でした。この弁論では、タンジュン・アライ村のアリ・アムラン氏が、移転時の軍に対する恐怖やアスベスト・スレートの劣悪な住居をはじめとする移転後の困難な生活について、本人陳述を行いました。

 6/22の第2回口頭弁論では、タンジュン・パウ村出身で、住民闘争協議会事務局長でもあるイスワディ氏の証人尋問が行われました。控訴側の尋問は、現地調査によって新たに収集された多数の写真や証言、専門家の研究論文や意見書などを駆使し、通訳を交えて1時間半をこえるものでした。この尋問により、移転前の村がスマトラ島の東西を結ぶ舟運と川沿いに建設された国道による活発な商業活動で経済的に潤い、教育、文化、自然環境をはじめとする全般的な豊かさを享受していたことが具体的に証明されました。さらに、当時現地を視察した外務省などはそのことを十分把握していたにもかかわらず、移民と同等の補償しかしなかったインドネシア政府の不当な取り扱いを黙認したことも明らかにされました。

 9/14の第3回口頭弁論では、タンジュン村のヘルマン氏が意見陳述を行いました。カンパル川の上流部に立地する彼の村では、ダムが完成して湛水が始まると、洪水が発生し、水没しないはずの土地に水が押し寄せました。ヘルマン氏は「村人たちの大半が引っ越しを余儀なくされた原因は、きちんとした計算をせずにダムを造った日本にあります。だから日本が被害の補償をするのは当然」であり、「日本での裁判が残された最後の希望」だと強調しました。

 以上のような控訴審の取り組みを通じて、政府やJICA(JBICを含む)、東電設計らの主張を丸呑みにした東京地裁判決の誤りを徹底的に明らかにすることができました。控訴人側(原告側)の主張や新たな証拠が正当に評価され、逆転判決につながると私たちは確信しています。

コトパンジャン・ダム
被害者住民を支援する会

〒162-0815
東京都新宿区筑土八幡町2-21-301
www.kotopan.jp,  info@kotopan.jp

 

ボランティアスタッフ募集中です。お気軽にご連絡ください。


Last Update : 2014/1/18
Since     : 2002/8/3 
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日本で初めてのODAを問う裁判

日本のODA(政府開発援助)によるコトパンジャン・ダム建設で、インドネシア・スマトラ島では23,000人がふるさとを強制的に奪われました。5,396人の現地住民が原状復帰と補償を求め、日本政府・JICA(国際協力機構)・東電設計(=東京電力グループ)を被告として、裁判中です。
 日本政府はODAの基本理念を「開かれた国益の増進」としています。「援助」とは名ばかりです。「国益」=グローバル大企業の利益のために、地元住民を犠牲にした「海外版ムダな公共事業」を行い、さらには原発までODAを利用して輸出しようとしているのです。
 「国益」のための「援助」、住民泣かせの「援助」はやめさせましょう。ぜひ、裁判にご支援お願いします。



(ダムの呼称について)

 インドネシア・スマトラ島の住民・自治体・マスコミは『コトパンジャン(Kotopanjang)』と言います。 
 一方、日本政府・インドネシア政府は本件ダムを『コタパンジャン(Kotapanjang)』としています。
 Kotoは地元ミナンカバウ語、Kotaはジャワ語でいずれも「町」を意味します。現地の言葉・文化を尊重する立場から、私達は『コトパンジャン・ダム』としています。